介護の現場で「伝える」とは?|言葉にしないコミュニケーションもある
介護の現場で「コミュニケーション」と聞くと、言葉でのやり取りを思い浮かべる方も多いかもしれません。
ですが、実際の障害福祉の現場では、言葉にしない伝え方が求められる場面が多くあります。
特に、重度の知的障害がある方との関わりでは、ジェスチャーや視覚的な支援、さらにはその人特有の表現に合わせた対応が必要です。
つまり、「伝える」ことよりも「伝わる」ことが大事なのです。
このセクションでは、わたしが実際に現場で経験してきたエピソードを交えながら、
言葉にしないコミュニケーションの大切さについてお伝えします。
リュックを見せるだけで伝わる|視覚的コミュニケーションの力
「出かけるよ」と何度も声をかけるより、リュックを見せる方が早い。
そんな経験を、あなたはしたことがあるでしょうか?
障害福祉の現場では、言葉よりもモノや行動の方が伝わりやすい場面が多くあります。
とくに重度の知的障害のある利用者さんにとって、抽象的な言葉よりも、目に見えるものの方が理解しやすいのです。
ある日、出発の時間が迫っているのに、何度声をかけても利用者さんが動こうとしないことがありました。
焦る私が、ふとリュックを持って見せた瞬間、すっと立ち上がって準備を始めたのです。
「ああ、伝えてなかったのは私の方だったんだ」と実感した出来事でした。
視覚的支援は、「お出かけ」「トイレ」「ごはん」など、暮らしの中のさまざまな場面で活用できます。
大事なのは、言葉だけに頼らないこと。
その人に合った「伝わる手段」を見つけることが、支援の第一歩です。
“あの、その、これ”では伝わらない|職員間の言語化のズレ
支援の現場では、利用者とだけでなく職員同士のコミュニケーションも非常に重要です。
たとえば申し送りや記録、会話の中で「あの人が、あれしてた件だけど…」といった曖昧な表現が飛び交うこと、ありませんか?
一対一の場面では通じるかもしれませんが、チームで支援を行う現場では「誰が、いつ、何を、どうしたか」が正確に伝わる必要があります。
私自身も、支援中に「それって、○○さんのこと?」と確認されることが何度もありました。
そのたびに、主語を抜いたり、略語で話していた自分の“当たり前”が通じていなかったことに気づかされました。
特に重度の知的障害のある利用者さんとの支援では、本人の言動の背景を共有することが、適切な対応に直結します。
言葉で全て説明しようとすると難しく感じますが、簡潔に、でも抜けなく書く・伝えることが、チーム支援を支える土台になります。
一人が上手でも意味がない|チーム支援には共有が不可欠
現場での支援において、「あの人は上手い」「この人はベテラン」など、個人の能力に注目が集まりがちです。
ですが、福祉の現場で本当に必要なのは、個人のスキルよりもチームで支援を支える力です。
たとえば、ある支援者がある利用者との関わり方がとても上手だったとしても、そのノウハウが他の職員に伝わっていなければ、共有財産にはなりません。
逆に、その情報が共有されれば、別の職員が同じような関わり方を試みたり、応用したりすることができます。
私も以前、「○○さんがいる日は落ち着いているよね」と言われたことがありました。
でもそれは、私が特別というより、“関わり方の工夫”が自然と積み重なっていただけだったのです。
その関わり方を他のスタッフにも伝えるようにしてから、チーム全体の対応力が上がり、「○○さんがいなくても大丈夫になってきたね」と言われるようになりました。
支援において大切なのは、“うまくやれる人”をつくることではなく、“うまくいく方法”をチームで共有すること。
それが結果的に、支援の質を安定させ、誰にとっても安心できる現場づくりにつながります。
言葉にしきれない支援を、どう残すか
障害福祉の現場には、言葉にできない支援の瞬間が数多くあります。
その場にいたからこそ感じ取れた空気や、利用者のちょっとした表情の変化。
そうしたものは、記録や報告書に残すのが難しく、「あれって何だったんだろう」と曖昧なまま流れてしまうこともあります。
それでも、私たちは支援を言葉にしようとします。
なぜなら、言語化しなければ、他の職員に伝わらないからです。
たとえば、「今日の○○さん、少し落ち着いてたね」と言うだけでは、その“落ち着いていた”理由は伝わりません。
でも、「リュックをそっと見せてから声かけをした」とか「いつもより目を合わせる時間を長くとった」といった具体的な行動を伝えることで、次につながるヒントになります。
言葉にしきれないなら、せめて断片だけでもメモしておく。
それをもとに、支援の感覚を少しずつ言語化していく。
この積み重ねが、チームの支援力を底上げしていくのだと感じています。
「うまく言えない」ことに落ち込む必要はありません。
支援のプロセスに“言葉にならない部分”があるのは当たり前。
それでも言葉にしようとする姿勢こそが、より良い支援につながると、私は思います。
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まとめ|伝わる支援の第一歩は「伝えようとする姿勢」から
介護や障害福祉の現場では、言葉だけでのやり取りが通じないことも多くあります。
そんな中で、視覚的な工夫、相手の立場を想像すること、そして日々の失敗を学びに変える姿勢が、支援の質を高めていきます。
「伝え方」はスキルでもありますが、それ以前に、相手に届いてほしいという気持ちが伝わることが、最初の一歩かもしれません。
焦らず、自分のペースで、一緒に育てていきましょう。
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